「帰りたい」は困った言動ではなく、ご本人の意思表示です。まず気持ちを受け止め、その言葉の下にある具体的な困りごとを一緒に探します。

中川 優美Yumi Nakagawa
まず知っておきたいこと
「家に帰りたい」と言われると、ご家族はどうしても「自分が施設に入れてしまった」という気持ちになります。面会のあと、車の中で泣いてしまったという話も何度も伺ってきました。
最初にお伝えしたいことが2つあります。
1つめは、「帰りたい」は困った言動ではなく、ご本人の意思表示だということです。 住み慣れた家に帰りたいと思うのは自然なことで、それを口に出せているのは、ご本人の気持ちが保たれている証でもあります。まず、そこを打ち消さないでください。
2つめは、その言葉が必ずしも「家に戻りたい」だけを意味しているとは限らないことです。 寒い、眠れない、誰とも話していない、体のどこかが痛い——うまく言葉にできない不快さが、いちばん言い慣れた「帰りたい」という形で出てくることがあります。
ですから、進め方は次のようになります。
- 気持ちをそのまま受け止める
- 言葉の下にある具体的な困りごとを一緒に探す
- 施設と共有し、変えられることを変える
- それでも合わないときに、住み替えを含めて考える
順番を飛ばさないことが大切です。
言葉の背景にあるもの
「帰りたい」の背景には、いくつかの種類があります。分けて考えると、打つ手が見えてきます。
| 背景 | 現れ方の例 | 手がかり |
|---|---|---|
| 環境に慣れていない | 入居から日が浅い。夜に落ち着かない | 時間の経過とともに和らぐことが多い |
| 体の不調 | 急に訴えが強くなった。表情や食欲が変わった | 医療の確認が先 |
| 生活の不便 | 寒い・暑い、眠れない、食事が合わない、トイレが遠い | 具体的に聞けば施設で調整できることが多い |
| 人との関係 | 特定の時間帯や場所を嫌がる。誰かの名前を出す | 職員・他の入居者との関係を確認 |
| することがない | 日中ぼんやりしている。曜日の感覚がない | 活動や役割の調整 |
| 家族に会いたい | 面会の前後に強く出る | 面会の頻度・時間帯の工夫 |
このなかで、最優先で確かめるのは「体の不調」です。
これまでと様子が明らかに違う、急に訴えが強くなった、つじつまの合わない話が急に増えたというときは、認知症が進んだと決めつけないでください。せん妄、感染症、脱水、痛み、便秘、薬の影響など、医療で対応できる原因が隠れていることがあります。まず施設の看護職員や主治医に伝え、体の状態を確かめてもらってください。
また、けがやあざがある、特定の職員がいる時間帯だけ強く嫌がるといった様子があるときは、施設のなかで話し合う前に、市区町村の高齢者虐待の窓口に直接ご相談ください。身の危険が差し迫っているときは、救急(119)や警察(110)への連絡を優先してください。
その場での応じ方
正解のひとつに決まるものではありませんが、うまくいきにくい応じ方には共通点があります。
避けたい応じ方
- うそで安心させる(「明日には帰れるよ」)… その場はしのげますが、約束が果たされないことが重なると、ご本人の不信につながります
- 正論で説き伏せる(「一人じゃ暮らせないでしょう」)… 事実であっても、否定された記憶だけが残ります
- 話題をそらし続ける… 気持ちが受け止められないまま置き去りになります
試したい応じ方
- まず受け止める … 「帰りたいんだね」「ここは慣れないよね」と、気持ちをそのまま言葉にして返します
- 具体的に聞く … 「どんなときにそう思う?」「困っていることはある?」と、生活の中身に話を移します
- 守れる約束をする … 「今日は一緒にお茶を飲もう」「来週の水曜にまた来るね」のように、実際に守れることだけを伝え、必ず守ります
- 家の話を大切にする … 家のことを話したがるときは、無理に切り替えず一緒に思い出します。写真や、使い慣れた小物を持ち込むのも助けになります
うまく応じられなかった日があっても構いません。同じ場面は繰り返しやってきますので、次の面会で試せばよいのです。
施設と共有したいこと
ご家族が面会で気づいたことは、施設にとって貴重な情報です。職員はご本人の「今」は見ていますが、入居前のご本人は知りません。
次のようなことを伝えておくと、対応が変わることがあります。
- これまでの暮らし方 … 起きる時間、好きだった食べ物、長年の習慣、してきた仕事や役割
- 落ち着くもの・苦手なもの … 音楽、テレビ番組、大きな音、人の多い場所
- 家族から見た変化 … 「先月より言葉が出にくい」「前は自分で立てた」など、比べられるのはご家族だけです
- 面会中の様子 … 何を話したか、どんなときに落ち着いたか
伝える相手は、施設のケアマネジャー(施設サービス計画を作る職員)か、生活相談員が窓口になります。
そのうえで、ケアプランの見直しを相談することもできます。日中の過ごし方、入浴や食事の時間帯、居室の配置など、変えられることは意外に多いものです。ケアプランは原則としてご本人の同意を得て確定するもので、ご家族の署名がご本人の同意の代わりになるわけではありません。ご本人がどう思っているかを、話し合いの中心に置いてください(別記事「サービス担当者会議と家族の関わり」)。
面会をどうするか
「面会に行くと帰りたがるから、しばらく行かないほうがよいのでは」と迷われる方は多くいらっしゃいます。
面会のあとに気持ちが揺れることは確かにあります。ただ、それを理由に会わないことはおすすめしていません。会えないことがご本人の不安を深めることもあり、どちらがよいかは一律には決まらないためです。
工夫できるのは、次のような点です。
- 時間帯を変える … 夕方に落ち着かなくなる方は、午前中のほうが穏やかに過ごせることがあります
- 短めにする … 長く滞在するより、短く回数を重ねるほうが負担が軽いことがあります
- 区切りをつくる … 食事やレクリエーションの時間に合わせて、自然に切り上げられるようにします
- 職員に相談する … 帰り際にどう声をかけるとよいか、同じ場面を何度も見ている職員にコツを聞きます
面会の頻度やルールについては、別記事「老人ホームの面会 — 頻度・ルール・行けないときの工夫」でもお伝えしています。
住み替えを考える目安
工夫を重ねても状況が変わらないときは、施設そのものが合っていない可能性もあります。次のような様子が続くときは、住み替えを含めて考える段階かもしれません。
- 施設に相談しても、生活の中身が具体的に変わらない
- 体の不調は確認したうえで、なお気持ちが落ち着かない状態が長く続いている
- 食事量や体重が落ちてきている
- 施設の体制と、ご本人に必要な介護や医療が合わなくなってきた
ただし、住み替えはご本人にとって大きな環境の変化でもあります。移ることで落ち着く方もいれば、かえって混乱される方もいます。
ですので、順序としては次のようになります。
- まず今の施設で、変えられることを一緒に探す
- それでも合わないときに、住み替えの検討に進む
- 検討にあたっては、ご本人が理解して意思を示せる状態かを確かめ、難しい場合はご家族に適切な代理権があるかを整理する
住み替えの判断については、別記事「入居後に容体が変わったら — 住み替え・特養への移行の判断」で詳しくお伝えしています。
よくあるご質問
Q.「家に帰りたい」と言われたとき、どう返せばよいですか。
A. うそで安心させることも、正論で説き伏せることも長続きしません。まずは 「帰りたいんだね」と気持ちをそのまま受け止め、何がつらいのかを具体的に聞いてみてください。寒い、眠れない、誰とも話していない、痛いところがあるなど、言葉の下に別の困りごとが隠れていることがよくあります。そのうえで、今日できることを一つ約束して、必ず守るようにします。
Q.「すぐ帰れるよ」と言ってしまってもよいですか。
A. その場はしのげても、約束が果たされないことが続くと、ご本人の不信につながります。守れない約束は避け、「今日は一緒にお茶を飲もう」「来週また来るね」のように、実際に守れることを伝えるほうが安心につながります。
Q. 面会に行くと帰りたがるので、行かないほうがよいのでしょうか。
A. 面会のあとに気持ちが揺れることはありますが、それを理由に会わないことはおすすめしていません。時間帯を変える、短めにする、食事やレクリエーションの時間に合わせて自然に切り上げるなど、工夫できることがあります。職員は同じ場面を何度も見ていますので、どのタイミングが落ち着きやすいかを相談してみてください。
Q. 急に「帰りたい」と強く訴えるようになりました。
A. これまでと様子が明らかに違うときは、認知症が進んだと決めつけないでください。せん妄、感染症、脱水、痛み、便秘、薬の影響など、医療で対応できる原因が隠れていることがあります。まず施設の看護職員や主治医に相談し、体の状態を確かめてもらってください。あわせて、職員の対応や他の入居者との関係で困っていることがないかも確認します。
Q. 本人がここまで嫌がるなら、家に戻したほうがよいのでしょうか。
A. ご本人の意思は何より大切にすべきものです。同時に、入居に至った事情(介護する側の限界、医療の必要性、安全面)は変わっていないことも多く、その両方を並べて考えてみてください。まずは今の施設で改善できることを探し、それでも合わないときに、在宅に戻す、あるいは別の住まいに移るという順序で検討していきます。
まとめ
「家に帰りたい」と言われたときの向き合い方について、大切な点を振り返ります。
- 「帰りたい」は困った言動ではなく、ご本人の意思表示です。まず受け止めます
- 言葉の下に、寒い・眠れない・痛い・話し相手がいないといった具体的な困りごとが隠れていることがあります
- 急に様子が変わったときは医療が先。せん妄・感染症・脱水・痛み・薬の影響を疑い、看護職員や主治医に相談します
- けがやあざ、特定の職員を強く嫌がるなどの様子があるときは、市区町村の高齢者虐待の窓口へ直接相談します
- 守れない約束はしない。実際に守れることだけを伝え、必ず守ります
- 面会は行かないのではなく、時間帯と長さを工夫します
- 今の施設で変えられることを試したうえで、合わないときに住み替えを検討します
面会のたびに胸が痛むのは、それだけ親御さんを大切に思っておられるからです。ご家族だけで抱え込まず、迷ったときはお気軽にご相談ください。
参考文献・公的資料
- 厚生労働省「認知症施策」— 認知症の人の意思決定支援、認知症初期集中支援チーム等の相談体制(2026年8月閲覧)
- 厚生労働省「高齢者虐待防止法(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)に基づく対応状況等に関する調査結果」— 市町村の通報・相談窓口の位置づけ(2026年8月閲覧)
- 国立長寿医療研究センター — せん妄と認知症の違いに関する解説(2026年8月閲覧)
